VWとAudiが歩んできたエンジン技術の進化——その中心に位置するのが、青く染まった特別なエンジンオイル「VW50800/50900」です。この規格は、単なるオイルではありません。環境性能、走行性能、ロングライフ、そして欧州車らしい走りをすべて両立させるために生まれた、VWの“哲学そのもの”です。
本シリーズでは、2018年に登場した初代508/509がどれほど革新的で、なぜ「伝説のブルーオイル」と呼ばれるのか。そして2023年以降の現行モデルが、なぜ“性能低下”と言われるのか。その背景、技術的な変化、そして私たちオーナーがどう向き合うべきかを、専門的な視点とファンの価値観を織り交ぜながら深掘りします。
技術のロマンと、日常のリアル。VW50800/50900という小さな規格には、その両方が詰まっています。このシリーズが、あなたのVW/Audiライフをさらに豊かにするきっかけになれば嬉しいです。
VW50800/50900規格とは その2｜2025年版 “性能低下” の真相と現在のブルーオイル事情
この記事は、前編「VW50800/50900規格とは（2018年規格・ブルーオイルの誕生編）」の続編です。
前編では、かつてのVW50800/50900（以下 508/509）が
PAO75％という異次元の高性能を誇っていたことを紹介しました。
後編となる本記事では、いよいよ
2025年時点での508/509規格が“性能低下”と言われる理由
そして、今のオーナーがどう向き合えばいいのかを、ファン同士の価値観ベースで深掘りします。
単なる技術説明ではなく、これからのVW/Audiライフを「どう楽しむか」という視点で語ります。
■ 508/509は本当に性能低下したのか？まずは結論から
多くのオーナーが気になっている疑問。
「508/509は劣化したのか？」
結論を分かりやすく言うと、次の通りです。
- 技術仕様としては“下がった部分がある”のは事実
- とはいえ依然として他規格より高性能
- ただし昔の“別格ポテンシャル”は失われた
つまり、
「弱くなったが、高性能には変わりない」
というのが最も正確な表現です。
では具体的に何が変わってしまったのか。
その核心に迫ります。
■ 2018年 → 2023年で何が変わった？フォーミュレーションの大転換
性能低下の指摘は、実はVWの内部資料とほぼ一致します。
添付データからポイントだけを抽出すると、こうなります。
● 2018年版（初代ブルーオイル）
- PAO：75%
- 粘度指数向上剤：11%
- 添加剤：13%
- ※高コスト・超高耐久
● 2023年版（現行ブルーオイル）
- PAO：20%
- グループIII：58%
- 粘度指数向上剤：7%
- 添加剤：14%
ここで注目すべきは、
PAOが75% → 20%へ激減した という事実です。
自動車オイルに詳しい人なら、これだけで性能傾向の違いを想像できるでしょう。
- 熱ダレ（高温粘度低下）は2018年版が圧勝
- 酸化安定性も2018年版が優秀
- VI（粘度指数）維持も2018年版が優秀
- 価格は2023年版のほうが圧倒的に安い
つまり、
高性能のために「PAOを贅沢に使いまくった初代」と、現実的なコストと性能の折り合いをつけた現行品
という構図がはっきり見えてきます。
■ VW508/509はACEA C5/C6に近い存在へ ― 規格の“個性”が薄れた
性能低下が語られる背景には、
「ACEAとの距離が近くなった」
というのも大きな要因です。
下の比較表（前編で提示したデータを再構成）を見ると明らかです。
| 規格 | HTHS粘度 | SA | P | S | TBN |
|---|---|---|---|---|---|
| VW508/509（2018） | 2.6〜 | 1.0以下 | ― | ― | 6以上 |
| VW508/509（2023） | 2.6〜 | 0.8以下 | 0.06〜0.09 | 0.3以下 | 6以上 |
| ACEA C6 | 2.6〜2.9 | 0.8以下 | 0.09〜 | 0.3以下 | ― |
HTHS・SAPs・リン分・硫黄分など、
ほとんどがC6に近い数字になっています。
2018年版の独自性は、もはや薄れたと言わざるを得ません。
ただし、これは悪いことではありません。
むしろ、C6が非常に高レベルな規格に引き上げられたことを意味しています。
要するに、
508/509が弱くなったのではなく、C6が強くなった
とも解釈できます。
■ 私たちファンが感じる“性能低下”は数字以上に大きい
ここからは完全にオーナー目線・価値観の話です。
私は2018年版のPAO75％のインパクトが大きすぎたせいで、
どうしても2023年版の508/509を「別物」と感じてしまいます。
ブルーオイルの初代は、技術的な高性能だけでなく、
VWが本気で“理想を追求した形”でした。
あれは、言葉にすると「ロマン」なんです。
そして2023年版は、
ロマンを残しつつ現実的になったオイル
という印象が強い。
性能が落ちたというより、世界観が変わった――
その喪失感こそが、ファンが“性能低下”と感じる本質だと思っています。
■ ACEA C6 のほうが優れる部分がある理由
実は現行508/509は、
タイミングチェーン保護性能ではACEA C6に劣る可能性がある
と言われています。
理由は単純で、
C6はLSPI対策・チェーン摩耗対策に明確な基準があるからです。
対して508/509は、あくまで“VW独自の要求”に基づく規格であり、
チェーン摩耗に関してはC6ほど厳密な設計ではありません。
もちろん、508/509が悪いわけではありません。
低粘度・省燃費・ロングライフ・ターボ対応など総合性能で見れば強い規格です。
ただし、
オイルを早めに交換するユーザーであればC6でも十分以上に戦える
という事実は、多くの整備士が認めるところです。
■ では、2025年の今、どのオイルを選ぶべきか？
これは完全に価値観で答えが変わります。
① とにかく“指定通り”でいきたい → VW50800/50900（純正 or モチュール）
- VWが想定したフィーリングを楽しみたい
- 保証・トラブル回避を最優先
- ブルーオイルが好き
② 性能・コスト・耐久性のバランス重視 → ACEA C6（0W-20）
- 早めに交換する派
- LSPI対策を重視
- 高性能なのに入手性が良く価格も現実的
③ “走り”を重視したい → C3（0W-30）という選択肢も
- 高速巡航が多い
- エンジンが熱を持ちやすい環境
- “粘度がある安心感”がほしい
ただしC3は省燃費性能が落ちるので、
普段使いが多い人にはあまりおすすめしません。
■ ブルーオイルの現在地 ― それでもなお“特別な存在”である理由
2025年の今、ブルーオイルは昔ほどの尖りはなくなりました。
しかし、それでも私はこの規格が好きです。
なぜかというと、
「VWがエンジンオイルという小さな要素にも哲学を込めた証拠」
だからです。
世の中の多くの車は、指定粘度さえ合っていれば普通に走ります。
しかし508/509は、“VWというブランドが描いた理想像”の一部だった。
性能がどう変わろうと、青いオイルを入れる瞬間の特別感――
それは、VW/Audiオーナーにしかわからない幸福です。
■ まとめ：508/509は変わった。だけど“劣化”ではなく“成熟”だと思う
2018年版 → ロマンの塊
2023年版 → 現実と理想のバランス
2025年の今 → C6と並びつつ独自性を保つ存在
こう整理すると、
508/509は性能が落ちたのではなく“成熟”した
と言えるのではないでしょうか。
私たちVW/Audiファンは、
これからも“青いオイル”と長く付き合っていくことになります。
その世界観を楽しみながら、
自分に合ったオイルを選ぶことこそ、
VWライフの醍醐味だと思うのです。
この記事はシリーズ後編でした。
もしまだ前編「青い“ブルーオイル”が生まれた背景とロマン」を読んでいない方は、ぜひ最初から読んでみてください。
初代508/509を知ってから読む後編は、まったく違う景色が見えます。
ブルーオイルの物語がより立体的に感じられるはずです。
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